防戦するのに大義は必要ない。大阪市議会の野党議員は無責任。

23日に投開票が行われた大阪市長選挙ですが、当然の如く橋下候補が当選しました。

橋下氏は大阪都構想の是非を問うというスタンスで望んだ市長選でしたが、自民党をはじめとする大阪市議会の野党は、「選挙に大義が無い」として、対立候補を擁立しませんでした。


大阪都構想に執着する橋下氏および維新の会に対する一種のアンチテーゼだとは思うのですが、今回の野党の方針は全く支持出来ません。

選挙に大義があろうが無かろうが、今回の市長選は橋下市長が自ら辞任して大阪都構想の是非を問う為に行った選挙です。

仕掛けられた側に大義は必要ないんですよね。


大義名分は攻める側には必要だけど、守る側には必要ない

戦いには大義名分が必要だという事は、古代中国の春秋戦国時代から周知の事実です。

だから他者を攻撃する場合には大義名分が必要なんです。ところが逆に攻められる側には大義名分など必要ありません。なぜなら、一方的に攻められるだけでは国が滅んでしまいます。国を守る為には戦いは避けられない。攻められる側には最初から「国・国民を攻め手から守る。」という責任があり、その責任が大義であるからです。


他国を攻めるにはそれなりの大義名分が必要ですが、他国の侵攻に抵抗する事は、それだけで大義があるんです。


今回の大阪市長選は橋下氏が攻め手であり、大阪市議会は守り手だった。大阪市議会を攻め手から守るのに「大義がない」などという言い訳は通用しませんよ。

今回は市長VS市議会という戦いでしたが、これが更に規模の大きい戦いだったらどうでしょうか?

かりに我が国が他国に侵略されたとしましょう。侵略者には「日本の総理が靖国参拝をして自国の国民感情を逆撫でした。」とか「日本の集団的自衛権は自国にとって脅威である。」などの大義名分を掲げて侵攻してきます。

その侵略者に対して「大義名分が無い。」という理由で防戦を放棄する国があるでしょうか?そんな馬鹿な選択はありませんよね。


今回の大阪市議会の野党の選択は100%間違いであると考えます。攻めて来る敵に対して防戦を放棄するなんて、狂気の沙汰としか言いようが無い。

当然、橋下氏は市長選に勝利した事を理由に「民意・大義は我にあり!」と、大阪都構想の推進を図るでしょう。その時に野党が「私等、市長選に参加してませんから協力しません。」なんて、馬鹿げた主張は出来ませんよ。


投票に行かない有権者がいくら政策を批判しても説得力が無いのと同じで、参政権を行使しない代議士が大阪都構想に対して批判しても全く説得力が無いし、そもそも有権者が許す訳が無い。

今回の市長選は最低の投票率だったのは事実ですが、たとえ低い投票率で当選した首長であっても有権者の審判は受けている。その一点において、橋下氏の主張は民意を得たといえる


今回の大阪市長選で、大阪市議会の野党が非常に無責任な選択をした事は万死に値する