大国を治るは小鮮を烹るが若し

細かい事を追及しすぎではないか

自民党政権の時も強く感じていたのだが、メディアや世論は政治に関して細かい事を追及しすぎてはいないだろうか。

衆院選が終わって民主党が大躍進しました。

9月16日には民主党代表の鳩山由紀夫氏が首班指名を受けて、民主党政権が誕生するわけですが、15日までは民主党は野党であり、鳩山氏は一野党の代表に過ぎない。

それなのに、メディアは早くも民主党マニフェストの矛盾点を指摘し、民主・社民・国新党のマニフェストの相違点を指摘している。

マニフェストの性質上、投票日までは不明な点を徹底的に追及するべきだと思うが、その後は細かい追及は必要ないんじゃないかと思う。

あえて追及するなら、新政府誕生後に「マニフェストと違うじゃないか」と指摘するのがメディアであり、世論のあり方ではないかと思う。

それに外交・内政などの大まかな方向性さえ定まっていれば、細かい施策は多少変更されても構わないと思う。

民主・社民・国新のマニフェストの相違点から、彼らが連立する場合、各党のマニフェスト通りの政策を行うのは困難でしょう。

大まかな方向性さえ間違っていなければ細かい事には目くじらを立てないようなメディアであり、世論である事が望ましいと思うのです。

漢字の誤読やカップラーメンの値段を知らなかったと言う理由で、麻生総理を追及して、最終的には総裁辞任まで追い込んだメディアや世論に対して、こんな事を提案しても理解してもらえないかも知れないし、細かい(しかも政策と無関係)な事で叩かれ、失速した麻生政権に対しては非常に気の毒な気がするが、同じことを何度も繰り返すのも馬鹿馬鹿しいと思う。

大国を治るは

中国の古典・老子には「大国を治るは小鮮を烹るが若し」(大国を治るは小鮮を煮るが如し)《治大国若烹小鮮》という言葉がある。

小鮮とは小さな魚の事で「小さな魚を煮る時は、やたら突っついたりかき混ぜたりすれば、魚は煮崩れるし味も落ちてしまう。大きな国を治める時は、やたら細かい事まで突っついたり、かき混ぜたりしないように心掛けないと、国の形は崩れ潤いある社会にはならないよ。」という意味だと私は解釈しています。

この言葉は為政者に対して戒める言葉です。しかし会社経営にも通じるし、国の主権者である我々国民にも当てはまる戒めだと考えています。

大きな心で

人より早く政府の批判を始めれば、後になって「ほら、俺の言ったとおりだろ」って自慢出来るかも知れませんが、国政なんて一ヶ月や二ヶ月で成果が出る物ではないのだから、メディアや世論にはもう少し大きな心で、新政府を見守って欲しいと思います。新政府の誕生前から叩かれたんじゃ、良くなるものも良くならないと思うのです。

今度の政府は全く新しい政府ですから、せめて半年は様子を見て、たとえ成果が上がらなくても政策の方向性さえ間違っていなければ、長い目で見る必要が在るのではないでしょうか。

方向性が間違えていなければ「清濁併せ呑む」ような器の大きさが有権者にも要求されるべきだと思います。