芦田愛菜ちゃん主演の「明日ママがいない」というドラマへの社会の反応と個人的な子役使い捨て社会について
芦田愛菜ちゃん主演(9)の日本テレビ系ドラマ「明日、ママがいない」が話題になってますね。
私はこのドラマを全く見てないので内容は全く判りませんが、児童養護施設や関連団体からは「差別を助長する。」とか「施設の子供達への配慮を欠いている。」等のクレームが寄せられているようです。
さらに抗議に賛同した人たちが、日本テレビやドラマのスポンサーに対して放送中止や提供の見直しを要求する事態に発展しています。
結局スポンサーは騒動に巻き込まれるのを恐れ、全8社がコマーシャルの自粛を決定した模様。
私はドラマを見ていないので内容を批判出来ないし、批判やクレームが正当なものであるか否かも判りません。
ただ、昔から問題作だとされる作品は多数存在したし、テレビドラマが社会に対して問題提起を行ってきた事も事実ではあります。
しかしながら現在は、作品の全てを見てから判断するような悠長な時代ではありません。善悪は別としても、じっくり時間を掛けて深い思考をしながら読むような長編小説は敬遠され、2〜3時間でかる〜く読めるライトノベルが人気を集める時代です。
「最後まで見ていただければ作品の真意を理解していただけます。」なんて言っても通用しない時代だと思うんですよね。
もっと突っ込めば、一部で説得力のある批判が発表されれば、脊髄反射で大勢のクレーマーが殺到してしまうような時代です。そりゃ〜スポンサーも危機感を抱くと思いますよ。
国民の殆どが瞬間湯沸し器状態であっという間に沸騰しちゃうんです。そして小さな火種があっという間に大炎上してしまう世の中です。
世はまさに大炎上時代!いつもどこかで火種探しをしている時代です。
生き難い時代であるとは思いますが、それでも生きていかなきゃいけない訳で・・・
最後に個人的な主張を
「明日ママがいない」というドラマに限った話じゃないんですが、私自身は子役人気にあやかって視聴率を稼ごうと言うドラマ作りに、常々違和感を感じておりました。
そりゃ〜人気子役を使うことで視聴率が稼げるのであれば、当然子役の人気を利用するのが資本主義経済下では大正義でしょう。
しかし、人気に陰りが見え始めると露骨にポイ捨てしちゃうじゃないですか。
そりゃ視聴率が稼げなきゃ子役なんてただの生意気なクソガキに過ぎないでしょう。
しかし、人気があるときにはチヤホヤして祭り上げてシッカリ稼いでおいて、もう稼げないと見るやポイ捨てしちゃうという行為は如何なモノかと思うんです。
資本主義経済下では当然の事ですが、年端も行かぬ少年少女に資本主義経済の市場原理をそのまま当てはめて良いモノかどうか?私には疑問です。
「人気にかげりの見えた子役でも成人するまではシッカリフォローしますよ。」という姿勢が、子役を使ったドラマなどのコンテンツ制作者には必要なんではないかと思うんです。
そういう考えなので、子役の人気を当てにしたドラマは見ない事にしています。
子供を商品としてしか見ていないような製作者、人気のある子役を商品として消化する視聴者にはなりたくないんです。
子役を商品化してる製作サイドに問題があるのですが、視聴者にも一定に責任はあると思うんですよね。そりゃ子役さんは可愛いし応援したくなる気持ちは私も良く判ります。
そこで提案です。子役が可愛いし応援したいって人は、その好きな子役が成人するまでは温かい目で応援してあげましょう。人気がなくなっても愚直に好きな子役を応援する。そうする事で、子役の商品化が肯定されるとは思いませんが、少なくとも人気がなくなりゃポイ捨てするような使い捨て社会からの脱却に繋がると思うんです。